シンイ(信義)二次小説・ドクターウンス1.アラビア商人
*このお話はドラマ「信義-シンイ」の登場人物をお借りしたパラレル小説です。
ドラマの続きではなく、全く違うオリジナルストーリーになっています。
クモク/ムガクシでウンスのお針子
トルベ/ウダルチでクモクの恋人
「器用ねえ、クモクさん。ほんと助かるわ~。」
剣だけでなくお針子としての腕前も凄いクモクにウンスは満足そうにそう呟いた。
武閣氏(女性兵士)のクモクがウンスの付き人として典医寺に来る様になって早数週間。
血豆を作り独りで縫っていた時とは段違いの速さでマスク作りは進んでいる。
「ありがとう。これで子供達にも配れるわ~。」
秋は深まり冷たい風が吹くようになってきたこの頃、
やっかいな風邪が流行り出す前にマスクを配りたいとウンスは思っていた。
この頃のウンスは先口液やマスクやらを配布し病気の予防に力を入れていたのだ。
「ねえ、クモクさん、トルベさんと上手くいってる?」
と訊くウンスに、少し顔を赤らめながら、はい…と短く答えるクモク。
良かったわね。あの女泣かせだったトルベさんが本気みたいね…。
やっと身を固める気になったか、とクモクを見ながら微笑むウンス。
そんな話をしながら二人は針を進めていた時。
典医寺の表玄関が騒がしくなったと思うと…
慌てふためいたマンボ姐の声が離れまで響いてきた。
「い、医仙~、いるかい!どこだ~い!」
何事?とクモクと顔を見合わせた後、
急いで表へ出るウンス。
騒ぎに気付いたウダルチ(近衛隊)のトクマンとチュモも玄関へと走る。
「ああ、いてくれて良かった。天女、と助けておくれよ。ア…ラビア…商人!…困っち…まって。」
と、息せき切って話し始めるマンボ姐。
シウルとジホに目配せした後、マンボ姐を床に座らせるウンス。
「ゆっくりともう一度。何が起こったの?」
「アラビア商人さ!何回か薬を取引した事のある…。だが今日は医仙と言う名を知っておるか?子供のお腹に大きな塊があるから見せたいって言うんだよ。」
「お腹にかたまり?」
「そうらしいよ。お腹に小さな拳がぽっこりと出てくるとか言っていたよ。」
「何処にいるの?その子」
「うちの薬房で寝かせてある。」
思案顔になるウンスをすまなそうに見ているマンボ姐。
*
「姐さん、そのアラビア商人って知り合い?』
「何度か見た二人さ。そうそうこの間の赤くて辛い…何だっけ名前は?あれは彼らから手に入れたんだよ。』
「とっ、唐辛子の事?」
ウンスの目が大きく開かれた。
ーきゃ~!!!
唐辛子は彼らからなの?
じゃあ、 もしかして又手に入る?
「そう、それだよ。西方からの商人は高麗や清で香辛料を薬と交換しているのさ。」
「病人だもの、とにかく見みないと…。」
そう言うウンスの様子にテジャンに断りもなくお決めになってはなりませぬ、と止めに入るクモクと、まずいテジャンが不在の時に…と顔を引きつらせるトクマン。
不意にトクマンを振り向ウンス。
「でもあの人…今日いないわよね?そうでしょトクマン君?」
「はい…夜にはご帰還されますが、ですから明日にされてはいかがでしょう?医仙様」
出かける前チェ・ヨンからしっかり守れと言われたことを思い出し、冷汗をかくトクマン。
だがさっさと診療室へ入り道具一式をまとめ始めるウンス。
説得しようとトクマンが口を開く前に…
「トクマン君!明日までに亡くなったら?そうなったら寝覚め悪いわよ!命の危険があるかどうかだけでも確かめないと…」
と風呂敷包みを手に言い放つウンス。
もう、こうなったらしかたがない、
医仙様を止めるのはテジャンだって無理さ…、と心で呟くトクマン。
*
「こっちだよ、医仙」
薬房に着くとマンボ姐は、裏木戸の方から奥の部屋へとウンスを導いた。
三日月形の長刀を腰に刺した髭ずらの護衛がウンス達を胡散臭そうに見ている。
「邪魔するんじゃないよ。医者を連れてきたんだから。」
そう聞くとやっと扉を開ける強面の護衛。
「ムハメド連れてきたよ、こちらが医仙様だ。」
マンボ姐がそう紹介すると、挨拶はそっちのけで急に忙しく話し始める二人の男。
マンボ姐と顔を見合わせウンスは部屋を観察した。
患者らしい女の子が部屋の真ん中に寝かされ、二人はその傍らに座っている。
伝統的な一枚の長い衣服で肩から足首までの身を包み白のスカーフの様な頭巾(ゴトラ)を被っている男達。
ー初めて見るアラビア商人…。何だか神秘的。
お腹の出た方が年恰好からいって父親かな?
ではもう一人は誰?
と視線を感じたのかムハメドが振り向く。
「失礼しました。医仙様、あまりに若くお美しいので…初めてお目にかかります。ムハメドでござる。あそこに寝ているのが娘のフジア、そしてこちらはアヴィダ族のプリ…』
とムハメドを遮ぎるもう一人の男。
「ラミズです。」
と挨拶する頭巾の黄金の輪(イカール)がきらりと光る。
ムハメドの褒め言葉に照れながら、ウンスもちょこんと頭を下げる。
ユ・ウンスですと名乗ると子供の傍らへいく。
こんにちは、フジアと明るい声で言いながら素早く脈疹をするウンス。
それから二人の方へ向いていつものセリフを口にする。
「診察しますから、家族以外はご遠慮下さい。」
その言葉にすくっと立ち上がるマンボ姐。
だが泰然としたままのラミズ。
ムハメドでが通訳をすると、一瞬むっとした顔を浮かべたものの出て行く。
ー二人が話している言葉はたぶんアラビア語ね。
あの大柄な若い方は、高麗語がわからないんだわ。
30歳後半くらいに見えるけど何者なの?
態度は横柄だけど、浅黒い肌に目鼻立ちがはっきりして凄く印象的な人…。
横たわるフジアに励ますように話しかけるウンス。
「始めるわね、フジア。怖がらなくても痛くないから~。」
傍らの父親が頷くの見てにっこりするフジア。
塊は右側の足の付け根に出てくるのです、と言うムハメド。
だが、お腹にそれらしい膨らみはなく一見して異常は見られない。
「最後に見たのはいつなんでしょう?」
「数日前、湯浴みをしている時だった。転んで激しく泣いたのです。そうしたら突然膨らみが!」
彼の説明とその位置から鼠径ヘルニア(脱腸)かもしれないとウンスは思う。
だが、膨らみを目で確かめない限り診断は下せない。
泣かせるのは問題だし、どうすれば腹圧が…
と突然何かを思いつき手を叩くウンス。
にっこりと笑いながらフジアを立たせる。
「いい?思いっきりどーんどーんと飛び上がってから、ぐっとお腹に力を入れて踏ん張るの。上手にできたらお菓子を上げるからね。」
その言葉に目を輝かせ、上に飛んではお腹に力を入れる動作を繰り返すフジア。
すると、右側の足の付け根に現れるふくらみ。
「ストッープ!」
と大声でフジアを止め、子供の拳ほどの膨らみの位置を手で素早く確かめるウンス。
よく出来たわね、とフジアを褒め寝かせるとまた消えるふくらみ。
傍で見ていたムハメドは、神業のようなウンスに内心舌を巻いていた。
診断を下すウンス。
ーやっぱり鼠形ヘルニアだわ。
幸い腸は元に戻るし痛みもないようだから緊急ではない。
だけど手術して穴を塞がないと危ないわ。
心配そうなまなざしのムハメドに告げるウンス。
「オペが必要です。」
「何ですと?」
「開腹してお腹の穴を塞ぐ必要があると言っているのです。」
その言葉に唖然とするムハメド。